きれはし日記

寄せて集めて村をつくろう。これはたくさんの人たちが自由に書くことができます。

看病 181003 [佐野]

彼女の皮膚が紫色になって、全身が肥大化した。

元の皮膚があったところよりかなり膨張し、下から青色の新しい皮膚が見えている。

口からずっと山吹色や明るい黄色のヨダレをぼたぼたと吐いていて、かなり苦しそうだ。あとからあとからせり上がってくるのか、ごぽごぽと音がする。

そのせいで顎のあった辺りでヨダレが固まり、オレンジ色の塊になってしまった。

乳は裂け、生地を入れすぎたカップケーキみたく漏れだしている。勢いよく飛び出した青色の生地は、すぐに弛くまとまって紫と青のまだらになった。海底に流れ出した溶岩を思い出す。枕状溶岩みたいだ。僕は溶岩も生き物なんだと合点する。

 

昨日まで薄く血の赤色が透ける艶やかな肌をしていた彼女とはほど遠く、鮮やかな見た目になった彼女。顔もよくわからないほど肥大化した彼女。小さな足も手もすべて埋まってしまった彼女。ぐるぐると混ざり合う高い彩度で彩られた皮膚が美しい。

僕は我慢できずに出来たばかりの彼女の青色の皮膚にそっと指を伸ばし、触れる。

暖かく、柔く包み込まれる。普段の彼女の皮膚を思い出す。あのハリがあり、すべすべしていた感覚は最早無い。弛みきった皮膚の柔らかさと重さに加え、ひどく熱い体温が心地よい。どこまでも包み込む彼女の肉体に身を預け、僕は埋まってみる。甘く良い匂いがする。

しばらく彼女の肌に触れ、挟み込まれた手をゆっくりとくねらせながら感触を味わっていたが、そのうち彼女が低く唸り声を上げて荒い呼吸をし始めた。無理もない。ひどい熱があるのだ。

先程脇のあった辺りに差した体温計は47℃を示してすぐに枯れてしまった。やはりケチらずに水仙の茎にしておけばもう何度かは持っただろうか。兄に買い出しを頼んだ。

現れた兄は未だにシャツとズボンの違いが分かっていないようで、上半身の下にまた上半身をつけてやってきた。

下半身になった上半身で……下腕ともいうべきパーツでカエルのように跳ねて移動している。上腕で荷物をもち、下椀で跳ねる。なるほどこんなに器用に移動できるなら、上半身や下半身にこだわってる僕の方が阿呆なのかもしれんな、と思った。

 

氷枕を当てた辺りは深く暗い紫色になって固くなってしまった。こうなってしまっては額も脳もどこにあるかはいまいちわからないが、額のあたりに一応当てておく。

彼女のするするとした髪をとかしてまとめる。クシを通す度にさらさらと抜けてしまうのでまとめて縄をなう。とりあえず彼女の上に置いておいた。疎らになってしまった髪を撫でる。

彼女がこうなってしまって、なんとはなしの義務感で看病をしているが、この調子だとこのまま死んでしまうのではないか、という不安が頭をもたげる。彼女の死体を弔うのはきっとぼくだろう。すぐに葬式をしたり手続きをするのはかなり面倒だ。そもそもこんな肉体は棺桶にはいるのだろうか。棺桶から溢れだし焼かれる彼女を想像する。ベーキングパウダーがたくさん入っているから膨らみすぎて溢れてしまうだろう。

大きく膨らんだ皮膚が破れ、どろどろと溶けだした彼女が辺りを覆い、火葬場の火で焼かれていく。表面は茶色く焼け焦げ、サクサクとした食感になる彼女を想像する。

両手で溶けた彼女を掬い、顔をうずめる。柔らかでもちもちとした温かい感触に包まれる。

 

考えていたら彼女が焼ける甘い匂いが漂ってきた。美味しそうな香りでつい腹が減る。

窓際の彼女に触れる…

 

  

目が覚めた。ひどい夢だ。時刻は午前6時32分。彼女に電話する。

3コールで彼女が出る。先に起きていたようだ。最近はモーニングコールを頼まれた僕の方が後に起きているようだ。面目無い。

電話口の向こうで彼女が笑う。つられてぼくも笑った。

彼女が軽く咳き込む。

ゴポリ と音がして、受話器から鮮やかな黄色い粘液が溢れてきた。手を洗った方が良さそうだ。