ぼくとヤンキー 181018 [ぽんすけ]
生まれてこの方信号無視以外の悪いことはしたことがない。
成人して数年経って尚、タバコも吸わなければ酒を飲んで暴れたこともなく(吐いたことは一度ある)、喧嘩すらまともにしたことがない。当然人を殴ったこともない。夜は基本的に8時には帰宅するし、終電を逃したことすらない。夜更かしは深夜アニメぐらいだ。
小中高、そして大学と真面目に「普通」に過ごしてきた。
特に親が厳しいとかいうこともなく、どちらかというとかなり放任主義だったが普通に勉強し、普通に進学し、のんべんだらりとやってきた。
喧嘩や万引き学級崩壊はマンガの中の話で、なんなら未だにバイクなんてヤンキーの乗り物なのでは?という偏見がぬぐえない。
まぁとにかく、そもそも枷がないので堕落こそすれ、反抗する理由など無かったのだ。
そんな真面目でオタクなぼくと、ヤンキーとの接点はまるでない。そして歳を経るほど希薄になっていく。ヤンキーの人達と関わりがあったのは公立中学校ぐらいまでだろう。
そう、ぼくがその女の子と仲が良かったのは、中学一年生の頃だ。
Sちゃんはとにかく可愛かった。
辺鄙な片田舎の中学一年生とは思えないぐらい顔立ちが整っていて、垢抜けていて、そして確かなヤンキー感があった。
Sちゃんは明るいギャルで、ぼくは陽気なメガネのオタクだった。
冴えないメガネ越しにみたSちゃんは、ひどく大人びていた。
牧歌的な雰囲気の中学校に通っていたが、一部は「ヤンキー」と呼ばれる人たちがおり、登校してきてはワックスで固めた髪を水道水と雑巾で無理矢理洗われていたり、染めた髪を染め直させられたりしていた。
それでも少数派で、またみんな小学校の頃から知っており怖いような人たちではなかった。ちょっと背伸びしたくて、とにかく陽気、というイメージだった。
そんなSちゃんとぼくはよく、夜にメールをしていた。
今みたくLINEのようなチャット形式ではなく、一通一通、ガラケーをカチカチ打ち込んで動く絵文字やらデコメやら総動員した賑々しいメールのやり取りだった。
なんの話をしていたか、今となってはなにも思い出せないが、ぼくはとにかく、可愛い女の子と夜にメールを交わしている という状況がかなり嬉しくて張り切ってメールを送っていたと思う。
Sちゃんはかなりマメに即レスしてくるタイプだったが、面倒になってくると「あはは(笑)」とだけ返してきた。
ぼくはそれを見て、「めっちゃ笑うじゃん」って返していた。鈍感だった。ぼくはバカだった。
Sちゃんは上級生に目をつけられていた。
詳しいことは知らないが、いかにもなヤンキーが窓の外から彼女の名前を呼びながら怒声を投げていたり、何度も呼び出したり、一年生のフロアにわざわざSちゃんの悪口を彫ったり、なんだか騒がしかった。
Sちゃんは派手で目立つ女の子だったから、先生たちはあんまり動かず、Sちゃんも気にしているのかしていないのか普段通り堂々としていた。それをみたぼくは、すごく大人だな……と感心していた。感心していたので何食わぬ顔で落書きを消したりいつも通り話したりして、ぼくもぼくなりに、"大人"であろうとした。
Sちゃんが学校に来ない日が続いた。
ぼくはいつも通りメールをやり取りしたあと、最後に なにかあったら相談してね。と送った。
Sちゃんから「あはは(笑)」とだけ返って来た。
Sちゃんはしばらくしてまた学校に来はじめたが、それからはもう、話すこともなくなった。
Sちゃんからしたらなにも知らないオタクに、といった気持ちだったかもしれないし、ぼくも実際よくわかってなくて軽い気持ちで送ったんだけど、Sちゃんの回答は「必要ない」だったみたいだ。
いつだったか忘れたけど、Sちゃんは後ろの席からぼくの背中をコツコツと叩き、こっそりカバンの中のタバコを見せてくれた。「めっちゃワルじゃん」とぼくが言うと、ニコニコしながらシー!といいつつ鼻に人差し指を押し当てていた。あまりの可愛さにめまいがした。
遠足の集合写真、ぼくのとなりでピースサインをするSちゃんは今見てもたしかに可愛くて、ぼくはにこやかに笑う冴えない中学生だ。